銅鐸埋納の謎解き

こんばんは😄

弥生博、秋山副館長の木曜大学『荒神谷、加茂岩倉』に向けて銅鐸の勉強を始めた!

森浩一先生と石野博信先生の対談本を繰り返し読んでいる。

私の弥生時代編年は岸本直文先生の説に依っている。

8月弥生学習館で地球研、中塚先生のお話。

覚えていなかったことはショックやけど、9月西川先生の講演会で思い出す!!

127年インパクト!!

夜放送、タモリさんの『巨大災害』でも取り上げられていた。

タモリさんとも共有できるなんて♡

中塚先生の講演会の日にNHKの取材を受けたと話されていた。

でも、もっと分かりやすく地球研の特集かと思ってた。

今回タモリさんの番組じゃなかったら気付かなかっただろうな…。



銅鐸の謎は謎のままなんやけど😅岸本先生の125年頃まきむく建設というお話。

今までは「突如」現れる、とばかり表現されていた。

127年インパクトの流れかもしれない!!

あれ、干ばつやったかな?洪水やったかな?

とにかく気候変動に伴い銅鐸の埋納が行われたのではないか。

きっとマツリの祭器やろうから、大事に埋められて戻れたところ(荒神谷・神庭)は後もマツリを行ったのではなかろうか。

まぁ全てが当てはまらないかもしれないが、その場を去る理由が発生したのではないか、と考えた。

それが127年インパクト!!