忠臣蔵!!

こんばんは。

今日も
*江戸演劇史上
の続き。

全部をじっくりよんでも楽しめると思うが、歌舞伎については、あんまりひっかからないので飛ばし読み。

そんな中ぱらぱら読んでいたら、『仮名手本忠臣蔵』ができるまでの、赤穂浪士の芝居について書いてあった。

人形浄瑠璃仮名手本忠臣蔵』は確か四十七回忌の年に上演。

それまでの作品には「忠臣蔵」と付いていなかったそう。

竹本座の『仮名手本忠臣蔵』の大当たりにより、それ移行「忠臣蔵」と呼ぶようになったと。

!!

めっちゃ驚いたよ。

私の中の忠臣蔵は、タッキーと坂上二郎さんのテレビ番組。2人でコントやってた(笑)。

そのあとタッキーと今井翼くんが出演していた、大河ドラマ元禄繚乱」。全て見ていないけど。

20代は歴史に興味がなく、なんとなく知っている程度。

そんなだった「忠臣蔵」が人形浄瑠璃文楽が始まりというのは驚き。

学校教育で教えてもいいと思うんだけどなぁ。

文化って何を教えるか、が難しいとは思うが、近松門左衛門を教えるなら、『仮名手本忠臣蔵』もあってもいいように思う。

以前も書いたが、「歌舞伎」の『仮名手本忠臣蔵』として有名なようだが、「人形浄瑠璃竹本座」の『仮名手本忠臣蔵』として広まってほしい。



で、気になるのが、なぜ「人形浄瑠璃」が今に「忠臣蔵」と残るほど、当時人気があったのか。

これをうまく説明できるようになりたい。


旧暦文月廿一日、天地始粛。空氷